昭和62年卒 笹田稔人 3年生編その1
予選決勝で本郷に敗れた翌日から新チームの練習が始まりました。
首脳陣の雰囲気がこれまでとは明らかに違う異様なムードでしたので
鎖骨骨折からの復帰は少しためらってしまいました・・・・エヘッ
まだ主将は指名されず、日替わりキャプテン状態が6月まで続きました。
決勝のスタメンから、左右PR・左LO・バックローとFWで6人抜け、
SO・左右CTB・左右WTB・FBとBKも6人。2年生はたった3名。
首脳陣もさぞかし頭を痛めたことでしょう。
両プロップが抜けましたので、スクラムの強化は急務でした。
全体練習が終わった後、フロントローが集められ毎日ロクボクです。
骨折と予選期間中にかまけていたため、ゆるんだ下半身にロクボクは
相当にキツイものでした。自分のせいでカウントが進まないため皆に
迷惑をかけていたにも関わらず、ロクボク後は元気にBKの連中と
キックして遊んでいたりして・・・・とてもKYでした。
新チームでの初めての試合が行われました。VS青山学院
ゲームは完全な保善ペースですが取りきれない。
逆に相手ボールになると、富岡・吹田が異常なスピードで
保善BKを抜き去っていきました。
その後の2本目の試合中、1本目は生タックルと突っ込みを延々
繰り返していました。
冬合宿が始まり、全国大会に出場する函館有斗が調整試合のため
元加治を訪れました。
全国大会に出るチームにどれだけ通用するか、内心ワクワクする
どころか喰う気マンマンでした。
試合が始まり、そんなに当たりも強くないしスクラムも保善有利。
しかし試合はボロ負け。チームの熟成度の違いもあると思いますが
ささやかな自信が砕かれて、悔しいというよりショックでした。
この試合から自分の意識が変わりました。”強くなりたい”と
練習も積極的に取り組み始めました。が悲しいかな高校生、
ムラッ気があるんでしょうね。合宿中に錦城高校と試合がありました。
そんなに強い相手では無かったので手抜きして楽勝でしたが、
その姿勢が首脳陣の逆鱗に触れ発狂ランパスと切れないタイム設定の
グランド1周走が夜9時近くまで続きました。
途中、合宿所内で風邪が大流行し、半分以上の部員が高熱で練習に
出られない日もありましたが、自分なりには明るく頑張れた冬合宿を終え
新人戦が始まりました。
とにかく自分らの代は不器用なのが多かったので、戦法はセンター縦と
UP&UNDERのみでした。(4対1の大余りでもパスが通りません・・・)
1回戦:都立小石川に11-0、2回戦:都立城東に20-0ぐらい、決勝は
法政一高と12-4で勝ちブロック優勝しました。(当時、新人戦は4ブロック制)
優勝したことに加え、入試休みと期末試験期間がうまく重なって2,3日の
休みもありすっかり浮かれ気味の我々でしたが、この後いまだに同期で
集まると話が尽きないような事件が起こるとは知る由もありませんでした。
つづく



