平成2年卒 塩田勇 1年生編

私がラグビーと出会ったのは中学校1年生の時でした。
自分の通学していた中学校に当時ではかなり珍しいと思いますがラグビー部がありました。

既に入部していた野球部については少し飽きがきていたこと、加えてラグビーとはどんなものだろうと非常に興味があり、1年生の途中で野球部を退部しラグビー部に入部いたしました。

中学3年生の時は生徒会の役員をやっていたにもかかわらず生意気に粋がって煙草をふかしたりして当時ラグビー部監督をされていたM先生に見つかり殴られた記憶があります。
(愛の鞭ですね)腹を立て、内ゲバ(ABマッチ)の時、M先生におもいきりタックルをしたがビクともせず、逆にボールを持って走っていた時、足にタックルに入られ仰向けに倒され脳震盪を起こした記憶があります。

3年生の時公式戦でK中学に敗れ引退しましたが、M先生に進路相談をしたところ、『本気でラグビーやりたいなら保善に行け!!』と言われたことは今でも忘れません。(後で聞いた話ですがM先生は都立S高校で保善高等学校の近くだったそうです)割と体を動かしていたこともあり、保善高等学校のスポーツ推薦を受けることにしました。

セレクションは50m走など計10種目ほどあったでしょうか、成績は良かったと記憶しております。数日後、当学校の名物監督であるA先生から『後は入試を受ければいいよ』と言われ晴れて保善高等学校へ入学することになりました。
(入試の際、数学の問題は1問もわかりませんでしたが・・・) 入学前にスポーツ推薦で入学となる同期と松戸自衛隊の合宿に参加いたしました。

今振り返ると当時の先輩方の体は大きいなあという印象はあるもののなぜか小さく見えたのはみなさんもご経験された通り、長時間行われる練習のせいで逆に筋繊維が細くなったためだと後になってわかりました。

合宿ではお客様扱いでしたので上級生の皆さんはやさしく接してくれました。また、FWではちょっとオカマ風のT氏や(大学ではキャプテンをやっていたみたいだね)I氏(当時からパワーはピカ一でしたね~)、BKではI氏やO氏という心強い同期とも巡り会え、私自身なんとなくこの学校でがんばっていけそうな気持ちになりました。

さて、期待に胸を弾ませ、保善高等学校へ入学いたしました。ところが入学式が終わり、いよいよ練習が開始されるとなった時、同期が100人もおり、この中で生き残りレギュラーになることなどできるのだろうかと不安になりました。
加えて、初日の練習で戸山公園を1・3・5・8周走り、(ようするに永遠走り続ける)校庭に帰ってきて腕立て、腹筋、背筋、スクワットという基礎トレーニングを行い毎日ヘトヘトになりました。

こんな生活を夏合宿前まで続けていました。

また、1年生はボール磨きや部室掃除など体と心が休まることはほとんどなく、ただただ練習についていくこと、やめないことだけを考えひたすら耐えました。

夏合宿前には、勉強がついていけず自ら去る者、あまりの練習のつらさに耐え切れず去る者が続出しました。

そんな中で草津合宿がスタートいたしました。今思うとなぜあんなところまで行ってジャリジャリの校庭でランパスやスクラムを組んでいたのかわかりません、今でも疑問です。
記憶では確か朝ランパス・スクラム等基礎練習を行い午後はABマッチをしたことを覚えています。
また、中日(なかび)には登山競争がありちょっとした息抜きがありました。

夏合宿が終了し、帰りのバスではトラック野郎というビデオを見たことははっきり覚えています。
初めての夏合宿の感想ですがやり遂げはしたが充実感はなく、ただしんどかった意外にありませんでした。
また、残念なことに当初100人いた1年生部員もこの頃は30人程度になっておりました。

菅平合宿や元加治グランドでの練習を経て、3年生にとっては最後の公式戦が迫る秋になろうとしておりました。

秋になり、花園予選が始まり、1回戦は順調に勝ち上がりました。
しかし、2回戦で青山学院と当たり、接戦の末敗れ、3年生は引退となりました。

その時、こんなに猛練習しているのにあっけなく負けてしまうのだなあと正直寂しさを感じました。
(本当は③にでも書こうと思いましたが今書きますね、私は縁あって大学まで行きましたが、他校の花園経験選手と比較して体力的に遜色ない、むしろ私の方が数値的に上であるケースもありましたから、保善の練習をやっていてよかったと思いました。

でもなぜ、高校時代の試合で体がいかせず負けてしまったのか今でも不思議でしょうがありませんね。
1つ言えることは当時の保善の選手はただ試合をしているだけで頭と心を使って試合してなかったように思います。

今の選手も思い当たる節ありませんか?疑問があったら先生やコーチに怖がらず聞くこと、ただやらされているならやらない方がましですからね、現役諸君!)かなり横道にそれてしまいましたが、次のシーズンに向け、また、3年生の無念を晴らすため、日々練習に気合が入ったことは言うまでもありません。